『サルとすし職人』要約

isbn:4562035889


『政治をするサル』でチンパンジーの権力と性を論じたフランシス・ドゥ・ヴァールが、類人猿とヒトの連続性に関して論じた本です。
この本では、類人猿にも文化がある、ということを様々な例をあげて説明しています。
ここでいう文化とは、集団の生活様式や技能であり、遺伝や環境以外の学習によるものです。この定義ならヒトにもその他の社会的動物にも適応できるので、社会的動物の行動様式を捉えるのに役に立つというメリットがあります。
本当に多様な文化があります(中には本当に文化かどうか分からんものもあるけど)。

  • 性行為

ボノボは社会的な緊張緩和のためにしばしば多様な性行為を行います。
ヒトとの連続性があるかどうかは分かりません。ヒトとチンパンジーボノボは同じ種から分かれたものですが、この共通祖先がどういう生態だったかはよく分かりません。
共通祖先が道具使用して多様な性行為を行っていたという証拠がないので、これ以上は何とも言えないところです。
またこれが文化なのか本能なのかは分かりません。

  • 美や芸術と文化

ある種の動物には、色や図形や線の選好がありますし、それは文化によることがあります。
ニワシドリのオスはメスにアピールするためにあずまやを作りますが、これは他のオスのあずまやから学習するものです。
ミヤマシトドは大人のさえずりを聞いていないと正常に鳴くことができないし、鳴き方には方言があります。
ハトはパターンとして印象派を好む個体と、キュビズムを好む個体があります。
類人猿でいうと、ゴリラは影のパターンをなぞるものがありますし、チンパンジーも色や図形や線の選好があります。
チンパンジーに関しては、絵や絵具を与えると絵を描くものがいます。ただし抽象画に限るし、彼らは完成した作品を破棄することもしばしばあり、そこがヒトと違うところです(ヒトもしばしば出来上がりが気に入らないから破棄することがあると言えばそうですが)。
ただ自然界には絵や絵具はないので、自然界の類人猿に芸術があったという証拠はありません。それでも美的感覚があることは確からしいと言えます。

  • 食と文化

幸島ニホンザルがイモを洗ったり、小麦に塩味をつけるのは有名です。これは若い個体から仲間たちや大人たちへと続く文化継承によるものです。

  • ダンス

チンパンジーのダンスの話が出てきます。
自分でも調べましたが、チンパンジーは雨の日に叫びながらリズミカルに坂を走り下りるレインダンスを行うそうです。
集団的にやるそうなので、仲間で遊んで見せ合う文化なのかも知れません。そうなるとこれは芸能と言っても過言ではないのでは? 身体芸術はチンパンジーにも可能なのかも知れません。

  • 道具と文化

一部のチンパンジーにはアブラヤシの種を割ったりアリを釣ったりするために道具を作るものがあります。
子供は大人の道具使用をまねて、種が割れなくてもとにかく種を石で叩くということをします。これは道具を使用する目的云々より、とにかくまねようというところから入っていくという文化的なものがあります。
ただチンパンジーはその食料や道具を他者にあげたりはしないので、社会的な技術とは言えないかも知れません。

  • 薬草と文化

一部のチンパンジーには薬草を使うものがあります。薬草使用は他者の実例がないことにはやりにくいもので、文化が背景にあると考えられています(でも本能かも知れない)。

  • 歴史と文化

ナミビアのゾウの話ですが、世代間で水飲み場の位置を記憶していたという例があるそうです。どうやって伝達したんだろう。霊長類ではどうかな?

  • 利他的行動

利他的行動の目的は血縁淘汰や、血縁以外にも互恵によるものですが、動機と目的が乖離する場合があります。もっとも極端にはイヌがトラを育てる話や、転落したヒトの子供をゴリラが介抱する話があります。
生物学的には不合理でも心理的には合理的であることはある、ということです。いったん進化のキャズム(溝)を越えれば、上位の原理が下位の原理とは独立に動く、ということがありうる。


こうしてみると、ヒト特有だと思われていた様々な性質が、動物にもあるということが言えると思います。
ちなみに一見この本は文化万能主義のように思われるかも知れませんが、そうでもありません。ヒトには文化で簡単に変えられるところとそうでないところがあります。中国の毛沢東の農業政策の失敗や、ヒッピーコミュニティの性的関係の失敗や、イスラエルキブツでの家族政策の見直しなどが書いてあります。文化とは別の領域には文化とは別の論理が働いていて、文化で対処してもあまりうまくいかないということですね。
世界は層構造になっており、上の層が生き残るには下の層と整合的でなければなりません。性や家族は文化を支える下の層であり、文化は性や家族に利益をもたらすものであれば栄え、性や家族を滅ぼすものであれば即滅びます(家族が全ての文化の源ではないが、重要な源の一つであることは間違いない)。
ヒトの下には動物から受け継いだ性なり生活なり道徳なり美意識なり、そして文化なりがある。そういうものの基本的な部分が動物から大きく離れている場合は、ヒトは持続不可能、自己破壊の道を進んでいる疑いがある。
過去から受け継いだ様々なものを大事にしなくてはならない。と読んでて思いました。