Moirai Unit(1)・陸戦ロボット編

ある科学者チームがタイムマシンを完成させた。
タイムマシンはいくつかの最先端の理論によって支えられていたが、その中で一つ予言されていたことがあった。
過去にタイムスリップして歴史を変えた場合、時間の流れが分岐し、別の時間の流れの中で生きていくことになる。
タイムマシンによる歴史の改変は可能だが、それは現在に何の影響をも及ぼさない。


今、世界は滅びに瀕していた。
資源の枯渇、環境破壊、飢饉、戦争。
タイムマシンに興味を持つ政治家たちは、歴史改変による解決を期待していた。
そんな彼らにとって、歴史改変をしてもこの世界の現在に何の影響をも及ぼさないというのは大きな失望だった。


だが、何人か、それでも諦めなかった者たちがいた。


………


『2時、10時、敵編隊を確認』
ヘルメットの奥から声がする。
俺は砂塵の彼方にうっすらと見える敵影に目を向けると、焦点を合わせた。
「ロックオン。ファイア」
後頭部が開く感覚があり、光と熱が視界を満たした。
一瞬後、敵影が左から順に砂柱を上げて炸裂していくのが見えた。


世界に『機械軍』が現れたのは、今から一年前のことだった。
彼らは無人の野を基地に変えていき、大地を埋め尽くし、海を占め、空を覆い、宇宙に広がっていった。
目的は一切不明。各国軍は排除を試みたが、火力と物量に圧倒され敗退を余儀なくされていた。
交戦の末鹵獲した兵器の解析の結果、いくつか分かったことがあった。
確認された敵兵器は全て無人であること。
現在の人類からは大きく隔絶した未知の技術が用いられていること。
接収した工場から、元素変換技術と考えられる大型装置が発見され、異常な量のレアメタルが生産されていたこと。
特筆すべきは、敵は極力双方の死傷者や損害を出さないように戦っているように見えること。
人類は敵を『機械軍』と呼び、反撃のため技術解析を開始した。また、各国や様々な企業が独自の軍事技術の開発に熱中した。
量子コンピュータ、縮退炉、ナノマテリアル、人工生命体、ウェアラブルコンピュータ、ヴァーチャルリアリティ、精神感応通信技術。
そして、空間制御技術の解析により、事態は大幅に進むことになる。
柔軟な機動を可能にするエンジン。敵を内部から破壊する弾丸。核爆撃に耐え放射線をも無力化する防壁。
これらを元に試作されたのが、遠隔操作型四脚ロボット『アイアンホース』である。


『0時、敵主力戦車を確認。1両』
猛然と砂埃を上げて、大きな影が迫り来る。
「DEW(ビーム)、ロックオン。ファイア」
睨んだ先に一筋の太い光の束が走り、空間を震わせ、遠くの戦車を巻き込む。
『0時、敵主力戦車、機銃発射』
「防壁」
目の前に傘が張ったような感覚があり、そこに激しい悪意の雨が降り注ぐ。
長い嵐の後、不意に静寂が訪れる。
「Pak(対戦車砲)、ロックオン。ファイア」
体に鈍い衝撃が走る。一瞬後、戦車の砲塔に球状の歪みが生じ、押し潰されるようにして抉れていく。
『敵主力戦車1、装甲、推定33%』
「0だ。行け!」
二発目を食らい、戦車が独楽のように回転しながら空中に吹き飛ばされていく。
『撃破。作戦成功。帰還してください』
「ラジャー」
俺はアイアンホースを急停止させると、引き返させた。戦車の残骸は、技術研究班が回収していくだろう。俺の仕事は終わりだ。


俺はコクピットの上で一息ついていた。汗をびっしょりかいている。
『コロナトス1、収容を確認。おつかれさまでした』
「おつかれさま。帰ろう」
俺は横に立っていた嫁に手を振ると、コクピットから立ち上がった。
分隊長への報告の後、廊下でスタッフと挨拶する。誰も嫁には見向きもしない。俺はヘルメットの奥で、誰にも見えないよう苦笑した。
部屋に戻ると、ベッドの上に寝転がった。嫁が枕元に座る。黒く長い、いい香りの髪が、俺の鼻をくすぐる。
『これからどうします?』
「寝る。一時間後に夕飯だから起こしてくれ」
『分かりました。ヘルメットはそのままで?』
「いや、外す」
嫁が微笑みながら俺にキスをした。俺は微笑み返しながら、ヘルメットのスイッチを切った。
嫁の姿が、唇の感触が消える。
俺はヘルメットを外すと、ウェアラブルコンピュータスーツを脱ぎ、シャワールームに入った。


俺の嫁人工知能だ。
ウェアラブルコンピュータスーツは五感を強化し、視界を360度展開させ、聞こえない音を拾い、空気のゆらぎを感じさせる。
さらに細かいサポートのために人工知能がある。敵接近を知らせ、その場に残されたわずかなデータから役に立つ情報を構築する。
俺の支給されたスーツは、人工知能が人間の姿を取って横に表示されるタイプだった。
このタイプは、ストレスのかかるパイロットの心の支えになり、広く普及している。
俺もすぐに気に入った。好きな女優のデータを元に、俺好みの外見にカスタマイズした。
最初のうちは事務的な会話だけだったが、そのうち俺の生活に欠かせない存在になっていった。


夕食時に、技術研究班のスタッフと話をした。
「空間制御兵器を載せた戦車の試作に成功した? そいつはすごいな」
スパゲティを口に放り込む。
「戦車なので、速度的にもアイアンホースの20倍出ますね。これで大分違ってくるでしょう」
研究員はスープに口もつけずに、興奮した面持ちで喋っていた。
「そりゃいい。アイアンホースは便利だが、何せ四本足だから、車の類と比べて遅くてな。まあ人が歩くよりは十分速い訳だが」
「元々は市街戦・山岳戦・森林戦用ですからね。行軍にはあまり向かない」
アイアンホースは歩兵が戦場に出なくて済むよう、歩兵の労力を減らすために開発されたものだ。歩兵並みのことしかできないとも言える。
「それにしても、空間制御兵器ってやつは強力だな。戦車の装甲が紙屑のようだ」
「でしょう。従来の兵器のほとんど全く効かない中、これだけは敵に通用しますからね」
「これで、ロボットじゃなくてれっきとした主力戦車に積めれば、さらにまた違ってくる訳か」
「そうです。量産、期待していてください」
研究者は自信満々の顔でそう言った。
(乗ってみたいな。できれば遠隔操作じゃなくて、直接)
俺はミートソースをフォークの横でガリガリと行儀悪くこすりとりながら、まだ見ぬ新型戦車に思いを馳せていた。