Moirai Unit(6)・浮遊機雷編

「これは……?」
青い空と白い雲の明るい、水と緑の大地。花は咲き乱れ、蝶や蜂が舞い、多くの八脚のロボットたちが忙しそうに動いている。
そこに、人の姿はない。全くない。
『襲ってきませんね』
「うん……?」
敵のロボットたちがこちらを向き、ある一点を指さす。
奥にそびえる円形の建造物。ここが終着駅だと言っているようだった。意を決して、建造物の前に立った。
建造物の扉には人名が刻まれていた。1。10。100……数えきれない。とまどっていると、扉が勝手に開いた。
中に入ると、そこは一面の墓地だった。十字架、墓石、棺。何か、有無を言わせない強い迫力を感じた。
「先住民だろうか。しかし……」
『宗教は様々なようですね。どれも地球上の文化のものに見えます』
「待て。あれは?」
二人の若い男女が墓の前に立っていた。
「誰なんだ、一体」
『私たちは墓守です』
脳に触れるような声。嫁と同じような感覚。
「墓守……」
人工知能のホログラムです』
人工知能? 人間はいないのか?」
『人間は全て電子化されて要塞の中枢部にいます』
「電子化? じゃあ生きている人間はもういないのか」
『全て、寿命を迎えました』
「……」
沈黙は一瞬だった。墓守たちは意に介さないように喋り続けていた。
『あなたがたは知らないかも知れませんが、これは百年前から続けられていたことなのです』
「百年前から?」
『我々の主は、故郷の人々を移住させるべく土地を探していました。各地に作った要塞は都市の礎となるものです』
「……ここは俺たちの土地だ。勝手に移住されるいわれはない」
『はい。我々はあなたがたの代表者と交渉しました。結果は、土地の奪い合いになってしまいました』
「代表者だと?」
『国連です』
「馬鹿な。こんなこと、なぜ世間に知られなかった?」
『国連が情報統制をしていたからです。我々は外交をもって遇すべき難民ではなく、軍事をもってあたるべき侵略軍だということですね』
「お前らは侵略者じゃないのか」
『その見方はある意味正しいものです。外交が破れたのなら、軍事をもって実力で当たるしかなかった』
「勝手なことを……」
『長い交戦の末、外交協定が結ばれようとしました。我々が降伏すれば、国連は移住を許可すると』
「馬鹿馬鹿しい。俺たちはそんなことは同意していない」
『では、直接あなたがたの支持を得ればよかったとでも? おそらく我々は受け入れられなかったでしょうね。そこも含めての国連の判断なのだと思います』
「……」
俺たちの発言が封じられていく。墓守たちはなおも意に介さないように喋り続けた。
『一つ、賭けをしましょう』
「賭け?」
不意に、墓守たちの姿が宙に消えた。


『私たちの最新の軍事力、宇宙戦艦『カシミール』です』


影が頭上を横切った。そこには六門の巨大な砲を備えつけた、分厚い紙飛行機のような物体があった。


頭の中に、墓守の声だけが響く。
『あなたがたの浮遊機雷は、今や核に匹敵するものです。直撃すれば、カシミールとて無事ではすまない』
「何だと? どういうつもりだ」
『あなたがたは持てる浮遊機雷を使って、カシミールの攻撃を回避して、カシミールに直撃させる。そうすればあなたがたの勝ちだ。我々は国連の外交に応じる準備がある』
「それは国連に降伏して、取引で移住するということか?」
『そう解釈して下さって構いません』
「……じゃあ俺たちが全滅したらどうなる」
カシミールの電子戦能力を使って、奪われた機械軍は国連から再び我々の支配下に戻します。我々は我々の手で我々の社会を築いてみせる』
「何だと! それは……」
そうなれば、全ては振り出しに戻る。おそらく俺たちに立ち直る余地はもはやないはずだ。
『我々の最強の軍事力と、あなたがたの最強の軍事力。どっちが勝つか、はっきりさせましょう』
ふと、脳を掴まれていたような感覚が消える。通信を切られた。


『残弾は12発。少ない訳ではないですが、決して多い訳でもありません』
入れ替わりに嫁が喋った。声が固い。
「選択の余地はなさそうだな」
気がつけば、俺たちの手に世界の運命が握られていた。
これは決闘だった。負ける訳にはいかない。


………


強いて言えば、彼らのように、人間と人工知能とが幸せな家庭を築く、そんな世界を作りたかった。
それは我々には既に失われたものだ。そして故郷の人々が強く願うものだ。
故郷の人々は今、何を思って生きているのだろう。
彼らに再び豊穣の土を踏ませてやりたい。争いのない大地を与えてやりたい。
だが、そのためにも、今、引く訳にはいかなかった。


………


そして、今。
彼らは果たして幸せになったのだろうか?