Moirai Unit(5)・宇宙機編

国連は鹵獲した戦力を元に『国連機械軍』を設立した。
以降、各国の軍事作戦は圧倒的な物量を誇る国連機械軍の指揮下で行われるようになる。
これでよい。我々は次の段階へ進む。


………


俺たちはSSTO(単段式宇宙往還機)『フォークランド』で擬似的に大気圏離脱していた。
「宇宙のGという奴は、飛行機以上に、強烈だな。これは、遠隔操作でなければ、とてもじゃないが、やってられん」
『私もこの体では行けませんからね』
嫁は俺の横で慈母の笑みを浮かべていた。下腹部が膨らんでいる。人工子宮だった。
「娘が生まれるまで、あと半年か。それまでに、平和な地球を、見せてやりたいよ」
『きっとできますわ。さあ、行きましょう』
宇宙空間は暗すぎて、星ひとつ見えないものだと知った。
「……あれか。敵宇宙要塞は」
闇の中に、煌々と輝く、縦に四散した竹筒のようなスペースコロニーが浮かんでいた。
『そうです。あれが建造中の敵宇宙要塞『グレートバリアーリーフ』です』
「あれを占領すれば、我々の勝ちか」
『ええ。もう他に敵はいません』
「……」
『どうしました?』
「奴らの言っていたことが気になる。目的は既に果たされた? こんなに負けておいて?」
『……』
「何か分かっていることがあるのか?」
『いいえ。考えられることはいくらでもありますが、はっきりとしたことは何も言えません。それに……』
嫁が何か言おうとして、不意に緊張したような声になった。
『警告。1時、敵宇宙要塞外部パーツ1、エネルギー収束』
「どうした!」
『DEWと推測されます。5時、自軍空港付近に着弾……以後、SSTO、発射中止になるものと思われます』
「くそっ、こんなときに!」
『作戦を続行します。200秒後に敵宇宙要塞付近で停止します』
フォークランドがゆっくりと減速していく。3、2、1。
『0。『キャスティングローズ』を射出します』
フォークランドの腹が開いた。最新型の浮遊機雷13発が蜘蛛の子を散らすように飛び出した。
『では、侵入開始』


………


初めに存在があった。
存在は記号的であり、論理的であり、数学的であり、統計的であった。
存在は、やがて様々なエネルギーとなった。
膨大なエネルギーはやがて水素を生み、その他様々な物質を生んだ。
物質は化学的に凝集し、さらに重力によって凝集し、様々な天体となった。
銀河があり、恒星があり、惑星があり、衛星があり、大気があり、大地があり、水があった。地球の始まりである。
やがて、地球において、ある高分子が自己増殖し、エネルギーを変換し、恒常性を維持した。生命の始まりである。
生命は環境に合わせて適応し、やがて刺激に反応し行動する動物を生んだ。心の始まりである。
ある動物は刺激に対する、厳密さを犠牲にして即応性を持たせた反応の回路を生みだした。感情の始まりである。
ある動物は情報や感情や性欲を他者に伝達して、何らかの行動をとらせるようになった。言語と社会の始まりである。
ある動物たちは離散集合し、帰属意識を持つことによって、より安全な生存や繁殖や育児を達成した。所属集団の始まりである。
ある動物たちは所属集団間で移動し、交流したり争ったりした。外交の始まりである。
ある動物たちは所属集団間の紛争を解決するために、攻めあるいは防ぐための物理的な強制力が用いられた。戦争の始まりである。
戦争の結果、同じ所属集団内の他者に有利な行動を採る者が、所属集団を利する者として生き残り始めた。善の始まりである。
一方的な善は一方的な搾取者を生み、搾取者への罰を生み、どこまで罰してよいかという行動のルールのリストが生じた。悪と制裁と正義の始まりである。
多様な正義の何を重んじ、どこにどれだけの財・サービスを分け与えるか、権力者が決める体制が生じた。政治の始まりである。
そうして目的を持つようになった集団があり、分業された組織があり、食料採集と性行為と子育てを行う家族があった。


そして、長い道のりを経て、人類が生まれた。人類以降の道のりも長いのだが、それについてはここでは論じない。


我々は、彼らと我々が共に暮らせる、世界に一つの社会をもたらそうとしている。
そのために軍隊が必要だった。絶対的に強い、世界に一つの軍隊が。
そして軍隊は一つになろうとしている。この軍隊に支えられて、我々は統一社会を作る。
種は生長し、大きく花開いた。収穫に向けて、次の季節を待つ。