Moirai Unit(4)・戦闘機編

根回しは済んだ。ここからは撤退戦だ。
いかに上手く「負ける」か、全てはそれにかかっている。


………


俺は、V/STOLステルスマルチロール(汎用)機『ガンスリンガー』の操縦性能に舌を巻いていた。
外見の話をするなら、ブレンデッドウィングボディ、ストレーキ、ノコギリ翼、前進翼。それに加えて遠隔操作、そして新型空間制御エンジン。
ここからもたらされる非人道的なまでに高い運動性能は、かつて最強と呼ばれていた『ラプター』をはるか上回るものだった。
そして、パイロットには精神安定剤が渡された。酔い止め用だという。
「これは確かにすさまじいな。慣れないとちょっとついてけん」
『そうですか? 私はとても気に入りましたけど』
「お前はいいよな、酔わなくて」
嫁は新しい翼を与えられて心底楽しそうだった。


各地で空港や空母を接収したことにより、敵航空機の鹵獲が進んだ結果、空戦力は大幅に向上した。
だが、敵も依然として攻撃をやめなかった。おそらくは威嚇であろうが、各都市沿海域に空間圧縮弾が打ち込まれ、海岸から確認できるくらいの大きな穴が開いた。
空は依然として脅威だった。俺たちは戦い続けた。が、敵のおそらくは空間転送装置によって、行方不明機体が続出した。


俺と嫁は、州で三番目の、人間とロボットの結婚例だった。
戦争がない間の俺たちは、ただただ幸せに暮らしていたと言っていい。
俺はとある機関に皮膚を提供していた。いずれこの皮膚が、体性幹細胞クローニングによる、俺と嫁の子に育つはずだった。
俺たちはますます死ぬわけにはいかなくなっていた。


『0時、転送フィールド』
「くっ!」
俺たちはすんでのところで罠をかわした。雲が見えない空間に吸い込まれていくのが見える。
「ふざけるな! 空に地形があるなんてありか!」
『泣き言いわないで。逃げますよ。……待って』
「どうした?」
『4時より敵AWACS早期警戒管制機)1機とマルチロール機3機。……AWACSから通信』
「通信だと?」
ずっと敵は無人だと思っていた。敵の生の声を聞いてやろうと思い、通信回路を開いた。
「こちらアルバトロス1」
『こちらハート1、アトム1、2、3』
敵の声はもったいぶった親父の声だった。
「貴様らの目的を言え!」
『知りたかったらそのまま指をくわえて見ているのだな』
「何?」
『我々の目的は既に部分的に果たされている。いまさら元には戻らぬ』
「何のことだ。どんどん追いやられていって、何が目的達成だ」
『君は別に深く知らなくても構うまい。まあよい。悪いが、邪魔にならぬように、鹵獲させてもらう』
敵が散開し、俺の上を、後ろを、左を取る。
「そうはいくか!」
『待って! その先は転送フィールドよ!』
俺の意志に逆らい、機体があらぬ方向に舵を切る。
『ほう。君も人工知能と一緒になって機体を遠くから制御しているのか。どうやら君らの間での流行りのようらしいな』
「何だと?」
『いや、君らには勉強させてもらっている。人間や人工知能だけでは出せない動きがたくさんあるようだ』
「ふん。じゃあ、貴様らは何だ? 人間か? 人工知能か? その機体の中には人は乗っているのか?」
『それも君は別に知らなくていいことだろう。まあ、君ら自身を鹵獲できないのは残念だよ。せめて機体だけは返してもらう。元はと言えば我々から鹵獲したものだろう』
「ぬかせ!」
俺たちは転送フィールドとマルチロール機をかわしながら、必死の逃避行に向かった。