ホットドッグヒル

ホットドッグヒルには魔物が住むと言う。
元々豊穣とは言い難いこの土地で、凶作の時、人口が1/10までに減少したことがあった。
多くは餓死だが、無視できない数が、領主の館に呼ばれ、以降消息を絶っていた。
後に領主が村人を次々と殺していたことが判明し、村人たちに領主は殺され、以降館は無人になった。
だが、その後も館に近づいた者が行方不明になり、村人は館を恐れるようになった。


そして再び、凶作の年が来た。
村の青年は飢え死にしかけていた。父が死に、母が死に、青年は二人を教会に埋めた。
そして数日後、青年は墓が荒らされているのを見た。両親の棺が奪われていたのだ。
青年は家の裏に立てかけてあった鍬を手に取ると、棺の引きずられた跡を追いかけた。
棺の跡は、領主の館へと続いていた。


館に入るとそこは調理場だった。卓上には生乾きの調理具が散乱している。
隣は倉庫のようだ。この凶作だと言うのに、干物や塩漬けの肉が沢山ある。
腹が、減った。
青年は、おそるおそる肉片を口に入れた。
うまい。何の肉かは分からないが、久しく食べていない肉の味だ。
気がつくと、ぶら下がっている干物を一塊、自らの胃に収めていた。


腹がおさまり、目が慣れ、倉庫を冷静に見る余裕が出てきた。
倉庫の奥の方に、棺の山がある。棺の跡はここで途切れていた。
さらに奥に扉があった。半分開いている。中を見ると、貧相な男の横顔が見えた。
領主の幽霊かと思ったが、服装があまりにも粗末だった。青年とそう変わらない。
顔に見覚えがあった。それは少し前に行方不明になっていたはずの村人の顔だった。
男は箱に何かを詰めているようだった。よく見るとそれは父と母の死体だった。
砂のようなものが敷き詰められていた。男は砂を手に取ると、ぺろり、と舐めていた。異様な光景だった。


「何をしている!」
青年が叫ぶと、男はぎょっとした顔でこちらを見た。光のない空洞のような瞳が、ひた、と青年を捉えた。
「……塩漬けを作っている」
「何だと?」
「今年は凶作だ。そろそろ食料が足りなくなってきたんでな。補充しに村に降りていた」
青年は愕然とした。まさか。さっき食べた肉は。
「邪魔するなよ。この時期の肉は傷みが早いんでな」
「ふ、ふさけるな!」
青年は鍬を振り上げ、男に振り下ろした。男は傍らに置いてあった鉈を振り上げ、鍬を弾き落とした。
「新鮮な肉もいいな。久しぶりだ」
青年はぞっとした。このままではこの男に殺される。食われる。


鉈が振り下ろされる。青年はそれを避け、よたよたと鍬を拾い上げた。
再び鉈が迫る。青年は再びそれを避け、鍬を振り抜いた。
ぞぶっ、という嫌な音を立て、あっけなく男が崩れた。


青年は三つの死体を見下ろすと、一種異様な顔をした。
(塩漬けを作っている)
(そろそろ食料が足りなくなってきたんでな)
(新鮮な肉もいいな。久しぶりだ)
男の声が、耳から離れない。


ぐう、と腹の音が、鳴った。


その後、青年は帰って来なかった。よその村に逃げ出したのだと、村人たちは噂し合った。
ただ、奇妙な噂が残った。ホットドッグヒルには魔物が住むと言う。
貧相な青年が鍬を持って、人を襲い、その肉を食うと言う。