『ベーシック・インカム入門』要約(と負の所得税の考察)

ベーシック・インカム入門』isbn:9784334034924

目次

費用での比較

ベーシック・インカムの正の側面

ベーシック・インカム推進派の本。
ベーシック・インカムって何? かというと、個人に資力調査なしで与えられる給付金です。


ベーシック・インカムを要求してきた人々は多岐にわたります。

生活保護は資力調査などで低所得者とみなされた人に給付されますが、この資力調査の基準が不透明であることはよく言われることです。
また、資力調査を通じて公務員やケースワーカーから差別的取り扱いを受けることがあるそうです。自分が受給者であることへの内面化された差別意識を持たされることもあるそうです。
そういうのじゃなくて皆が罪悪感を持たずに貧困から脱せられたらいいじゃん、というのが基本的発想です。

  • 家事労働者である女性

賃労働だけが労働であるとみなされ家事労働に支払われないのはおかしい。それは家庭に関する性差別主義が根ざしている。
家事労働は賃労働を支える大事な再生産だ。賃労働だけではなく家事労働にも、賃労働と同じだけ支払われているべきだ。
イメージとしては、夫に家族分の賃金を支払って夫が家族に再分配するのをやめて、家族全員に金を支払えという話でしょうか。これにより金に関する男優位がなくなります。
イタリアの『パドア女たちの戦い』では「我々家事労働者に限らず金を払え」というベーシック・インカムの定義に近づいた主張も出てきます。彼女たちは役所が無料の家事労働を供給すべきだと主張します。

  • 学生

イタリアの『ピサ・テーゼ』。学生は将来の労働者として期待されており、だったら学生は賃金をもらうべきだという主張。

  • シングル・マザー

イギリスでは彼女たちの受給要件を満たすために性的な要件があり、この要件を報告することでセクシャル・ハラスメントが生じていた。
受給要件というのは公務員による受給者への差別的取り扱いを必然的に招くので廃止しようという主張。

  • 障害者

日本の『青い芝の会』。障害者は安い賃金で働かされているが、そういうのをやめろという主張。
彼らは生きること自体が労働であるとし、生きている人全てに給付されるべきだというベーシック・インカムの定義そのものの主張をします。


などなど。人権という観点からは福祉権というのは大変合理的に見えます。

ベーシック・インカムの負の側面

私もそうなったらいいねとは思うのですが、ここに人口と金の壁が厳然と立ちふさがります。


この前書いた記事『ベーシック・インカム入門』を読んでいると疑問が湧いてくる - 犬神工房(朝鮮妖術ノッカラノウム使用後)日記では、1.28億人いる日本に限って言えば一人生活保護水準月8万円もらうとして年122兆円かかるという計算になりました。平成22年度概算要求額が95兆円だからかなりショッキングな額と言えます。
現実的なプランでは、社会福祉保障費を全廃して、所得税60%、法人税45%、という感じになります。
小遣い月々4.5万円。この中で保険なり何なり全部補うことになります。かなりギリギリじゃね?
企業は今までの1.5倍法人税払うことになります。中小企業厳しくね?


じゃあ今の生活保護のお金を薄く広く給付するか? これなら今と変わらないし。と言う話になるのですが、これだと月900円。これじゃ何にもなりません。
生活保護の額は総額2兆円なので、GDPを理想的には61倍上げるしかない、ということになります。これは事業仕分けなどの節約でどうこうという数値ではありません。生産力が2倍になっても1800円、13倍でようやく12000円(定額給付金と同額)。28倍で26000円(子ども手当と同額)。できるか! 日本の産業界にそんな伸びしろねえよ!
あるいは人口を1/61に減らす。でもそうしたらGDPも1/61に減るでしょうね。何の意味もありません。


そういう意味では、ベーシック・インカムを今実現するのはかなり無理があるところです。
まず今生活保護受けてる人が即死します。月900円で生活って直観的に考えて壊滅的じゃないか? 人類が皆よゐこの濱口みたいに「獲ったどー!」と生きられる訳じゃない。
強いて言うなら、生活保護を個人単位で給付すればもう少し平等という意味ではマシになるか? そのくらい。

負の所得税

あるいは生活保護やその他一切合財の福祉を廃止してより柔軟な負の所得税を導入するか? 今稼ぎの上に1万円もらえば、あるいは5万円もらえば何とかなる、という人は多いはずです。これなら多少財源が増える程度で何とかなりそう。
ただ、これは目的別の、ある程度目的合理的な福祉と比べて果たして目的合理的なのか? という疑問があります。
金沢で言うと、バスを経営するのに補助金が必要ですが、負の所得税の代わりにこの補助金をカットすると、多分バスはなくなります。皆かなりの値段の自家用車を買わなければ立ち行かなくなる。そういう福祉モデルが本当にいいのか?
そういう意味で、負の所得税で現行の福祉を置き換えるというのは、今求められている福祉が失われてしまう危険性があるのではないかと懸念しています。フリードマンは「失われて構わない」と言ってますが、それに同意する国民は少ないと思う。


私の考えでは、負の所得税所得税をいじることで供給されるべきで、現行の福祉を削って財源とするのはかなり慎重に行わないといけないと思う。
貧困線 - Wikipediaを見ると2006年度の貧困率は15.7%。これに1.28億をかけると2009.6万人。
低くて1万円、高くて8万円給付されるとして、平均4万円、年24万給付されるとすると、約4.8兆円。
所得税は平成14年で平均11.9%徴収されて、平成14年で15兆円の税収。つまり所得税を3割増して16%にすればよくなる。おお、これなら何とかなりそうか?


他の福祉から削って持ってくるという発想もあります。
今の事業仕分け見ていると3兆円どうやってひねり出すかという世界だからその1.6倍。現在の体制を維持してどうこうというのはちょっと難しいですね。
ただ、社会福祉保障費を全廃すると49兆円だから、この中からねん出するという手は取れます。
http://bit.ly/4w55Ntを見ると基礎年金の給付額は18兆円ですから、基礎年金を廃止して負の所得税に回すという方法もできます。フリードマン社会福祉保障費よりも負の所得税の方が安いと言ったのもうなずけますね。

費用での比較

そんな訳で、かかる費用を試算してみました。


負の所得税GDPを2.4倍に増やすか(そんな伸びしろないとおもうけど)、所得税を3割増させるか、基礎年金を廃止して一部持ってくることで何とかなります。
ベーシック・インカムGDPを61倍に増やすか、((所得税6割増)or(所得税4割8分増、法人税1割5分増))+社会福祉保障費全部持ってくることで何とかなります。
まー、現実的な案としては、国民を説得して負の所得税を導入する、ということじゃないかな? それが何年後になるかは分からないけど。