『心とことばの起源を探る』要約

『心とことばの起源を探る』isbn:9784326199402


ヒトと霊長類の違いについて、「他者の意図を理解できる」という点に着目し、この進化上の差異から言語や文化が生まれたとする本です。


赤ちゃんは生後九か月頃に他者の意図を理解できるようになり、他者と同じものを見たり、他者に自分と同じものを見させようとします(共同注意)。
これは、他者が自分と同じく何か行為をなそうとする存在だということが分かるということです。
このことから、他者のやることは自分にもできるはずだという理解が生じ、模倣学習が可能になります。
これにより高度な社会関係と、文化継承が達成できます。


哺乳類は個体識別ができますし、霊長類は自分を含まない他人同士の社会関係を理解できるほどです。
が、他者の意図を理解できるところまではいかないので、他者のやることを自分が行えるという境地に至りません。
これでは文化継承は不可能です。
(霊長類の親子間で文化継承が行なわれる事例はごく稀にあるが、種一般としては文化継承ということは行われていない)


さて、この能力の上に記号的な言語の習得が加わると、子供の認知能力が大幅に向上します。
言語が認知能力に与えるインパクトとしては、まず世界を出来事と者・物にカテゴライズことができるようになるというものがあります。
「AはBをCする」という構文があるとすると、「Aという者」が「Bという物」に「Cという事」を行う、という風な認知ができるようになります。
次に、複数のものの見方ができるようになるというのがあります。
ある対象があったとして、それは状況に応じて複数の呼ばれ方をする(例えば、これはバラであり花であり贈り物である)、ということを学ぶということです。
また、類推・比喩ができるということが挙げられます。
AがBするなら、CはBができたり、AはDができたりするだろう。ということで、世界の見方がさらに増えます。
最後に、「AによってBが起きた」という構文から、因果関係を学ぶことができます。
こうして、言語は高度な論理的思考を可能にする基盤になります。


その他にも、共同注意の上に、高度な普遍的な数学的思考が可能になります。
また、コミュニケーションにより、仲間に対する道徳的思考が可能になります。

  • 他者の意図の理解→高度な社会関係・コミュニケーション・文化継承→記号言語・数学的思考・道徳的思考
  • 記号言語→論理的思考


『心とことばの起源を探る』という題名ですが、ヒトにおいては心と言語は複雑に絡み合っていることが分かります。
情報処理という意味での心が動物全般にあることは言うまでもありませんが、ヒトの場合は「他者の意図を理解できる」という社会心理学的な機能が加わっています。
この機能が高度な社会関係と文化継承、さらには記号言語・論理的思考・数学的思考・道徳的思考を可能にしています。
こうすると、「社会・文化・言語・論理・数学・道徳って、心がないと存在しないの?」という問いが当然出てきます。
他はまあそれでいいとして、論理・数学はどうなのか微妙なところです。
心がなくても自然界に論理や数は存在するのではないのか? 物理学があそこまで論理的・数学的なのは、自然界に論理や数が潜むからではないのか?
それとも論理や数は自然界に心が当てはめたフレームに過ぎないのか?
ここは個人的に今でもよく分かっていないところです。将来的に何か結論を出さねばならないけど。
俺の書くラノベで「全ての根源の力、論理兵器XXX!」と書くか、「論理」のところにまた別の単語が入るのかというところに関わります(そんなことのためか)。